最近、音楽制作ストップしていますが
(メモ的なピアノスケッチは常にいろいろはやってます。)
実は機材をいろいろ調整したり、
パソコンもいろいろ調整したり、
壊れてはないのですが、調子がよくない機材の
部品を取り寄せていろいろ修理しています。
自分は修理するまでの
楽器マニアではなかったのですが、コロナで
時間が増えてたことにより、余裕ができて
一番やりたかったことが、液晶画面の交換です。
3~4数年前に、発光するELシートだけは取り寄せていたのですが、
ずっ~と放置していました。
楽器の部品を分解組み立ては、
大変でしたが、機材の画面が綺麗になり、
とても文字が見やすくなり新しい楽器に生まれ変わったような感動でした。
で、まだまだやらなければいけない同じ作業の機材があり
もう少し時間がかかるので、最近は
自分がいいと思う音楽を紹介しています。
一番の気持ちは、自分が好きだったアーチストは
いつまでも輝いてほしいのと、
音楽ってそこまで好きでない方には
数えるくらいしか聴かれないかと思うのですが
自分達の青春時代と比べたら、
もうお宝的な音楽が山のようにあふれていて、
こんなにネット社会なのにもったいないなっていう気持ちです。
(音楽を作る自分の立場から、いいなと思う音楽の紹介。)
たまたまオリンピックの時期に重なってしまいました。
あとネットサーフは、時間の消費などと思って近年はあまり
見ていなかったですが
よい音楽もたくさん出ていて、
ネットサーフも悪くないなって思い直しています。
世の中には、すごい方たちがたくさんいて
本当にいろいろ参考になります。
最近自分でいろいろ音楽を選曲していて
自分が好きなアーチストの傾向に最近気がついたのですが、
和音の動きが細かいアーチストばかりなのに気がつきました。
その理由を考えたら、音楽的な動きがわかってないと
出来ないからだと思い、それって結局細かい気遣いだとも思えるからです。
それが良いとか悪いとかな次元でなく、
ただただ 胸にグッとくる感覚 でしかないです。
AというフレーズからBというフレーズに移るときに
いかに自然につなげるか?が和音の感動だと思いますが
自分でするときも理論は考えてないですが、
いろいろコードを探る感じで2階から3階へ移る階段を作るようなイメージ。
自分がすごいなと思うアーチスト、自分には出来ないな、真似できないという
見上げても届かない一流の存在と
自分を見てくれる年下からの存在に挟まれることは
人生でもそうですが、自分が道から外れない予防になると思います。
自分の中での師匠的な存在って、とても大切に思えます。
HPで自分がおすすめで紹介しているCDは、
(国内にも素晴らしい方がたくさんいます、あえて海外の方ばかりにしています。)
自分が作っている音楽とは
ぜんぜん違うのですが、自分が出来ない音楽ばかりで
自分自身も忘れないようにするための意味もあります。